ポルトガルツアー、コース選びポイント⇒フライト、よく行く街の観光、国の魅力

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初めましてMASAと申します。添乗員がお届けするブログ【MASA-TABI|海外旅行出発前の参考に】です。

この記事は、ポルトガル・ツアーのコース選びについてです。

このサイトを訪れた方は、ポルトガルだけの旅を検討されていると思いますが、私もおすすめです。スペインのついでになりがちですが、実はまったく別物、ポルトガルもまた見所が多い国だからです。

まずはそのポルトガルならではの魅力の話から始まり、フライトや回り方で内容が異なるという例をご紹介。

そして、各街でのツアー観光例を挙げていきますので、コースに入っていたらよいと思う街、さらには入場箇所の有無などもチェックしてみて下さい (基本コース内容はだいたい同じです)。

ポルトガルの魅力とは

スペインとはまた違う

まず、スペインと同じ感じだろうと思われている方も多いかもしれませんが、スペインとはまったく別の国です。どちらがよいかとかではなく、それぞれ違うのです。

観光は、確かにスペインに比べたら地味かもしれません。スペインはサグラダファミリアのような大々的な名所がドーンとあるのに対して、ポルトガルは修道院などを巡る素朴な旅。

ですがポルトガルには、マヌエル様式などポルトガルにしかない独特の建築様式があり、その様式が歴史と絡み非常に趣深く、またアズレージョタイルを貼った建物というのも素敵です。

そして忘れてはいけないのが、この国にはスペインと海外進出で競い合った、大航海時代というものがあったということです。今はのんびりとマイペースな雰囲気ですが、その輝かしき時代を彷彿とさせる建築物を見学に行くのです。

なので、歴史の勉強も必要です。写真映え的な観点からだけだと、ポルトガルは見所は少ないように見えてしまいますが、決して見所が少ないわけではないのです。

マヌエル様式とは

1385年にアヴィス王朝を開いたジョアン1世の息子、エンリケ航海王子が先鞭をつけた海外進出=大航海時代。その時期に生まれた、大航海時代の繁栄を誇示するかのような、ポルトガル独特の建築様式です。

ゴシック様式をベースとして、海草・珊瑚・ロープ・錨など海・船に因んだものや、パイナップルや胡椒の実など海外 (東南アジア) でしか目にすることができなかったものがテーマに。

その様式名は、新大陸にまたがる一大海洋帝国を築いたマヌエル1世の名に由来しています。また、途中目にするであろう独特の天球儀もこのマヌエル様式の特徴です。

この点を踏まえながら、トマール修道院やジェロニモス修道院を見学していきます。

アズレージョタイル

青と白の、装飾タイルの一種です。アラビア語の「小さな磨かれた石」を意味する「Alzuleiq」に由来するといわれており、その歴史は15世紀まで遡ります。

ポルトガルで最も古いアズレージョは、シントラ王宮で見られます。グラナダのアルハンブラ宮殿でタイルの美しさに魅了されたマヌエル1世が、自分の王宮をイスラム風のアズレージョで飾ったのだそうです。

その後アズレージョは、ポルトガルの気候・風土に適していたため全土に広まっていきました。時代によってさまざまな様式の影響を受け、ポルトガル独自のアズレージョが作られました。

現在では、教会、博物館、宮殿はもとより、駅、広場、レストランといったいたるところで色鮮やかなアズレージョを見ることができます。

実はすごいのに宣伝が下手

例えばワインについて、ガイドさんの話によると、1756年ポンパル侯爵により世界で初の原産地呼称管理法が認定され、フランスよりも先だったそうです。でもあまり知られていないのは、宣伝するのが下手だったからと。

他にも高速道路のETCも、ポルトガルが初だったそうですし。オリーブオイルも、量こそスペインが世界一ですが、質では負けていない!とドライバーさんは言っていました。

冬でも温暖

一般的に南欧のベストシーズンは春・秋で、夏は暑いので避けたい。逆に冬は割と温暖なので、観光にはよいのです。

というより日本のツアーは、冬にポルトガルへ行くコースが多いですね。街歩きがメインの観光なので冬でも関係ないし、代金も安くなり、空いていてよいと思います。

ただ地中海性気候は冬に雨が降り、ロカ岬などでは悪天候だと風が強いことが多いので、カッパも持参した方がよいでしょう。

回り方ルートとフライト

では次に、ツアーの大まかなコース取りを見てみましょう。ポルトガルのみというコースでも、フライトの違いにより3パターンはあり、スペインと組み合わせたものもあります。

  • ルフトハンザでリスボン拠点
  • 英国航空でリスボン拠点
  • イベリア航空で一筆書き
  • スペイン+リスボンのみ
  • スペイン&ポルトガル大周遊

ルフトハンザでリスボン拠点

一番よくあるパターンです。フライトの取れ具合により、フランクフルトかミュンヘンで乗り継ぎ、リスボンへ。

リスボンから北へ向かって、また南のリスボンに戻ってくるという往復になってしまいますが、往路と復路でまた違う街に立ち寄ります。

その時の便にもよりますが、概してルフトハンザは乗り継ぎがよく、航空会社的に信頼度が高いと思います。

英国航空でリスボン拠点

内容はルフトハンザ版と全く同じですが、航空機の機体に関しては、こちら英国航空 (ブリティッシュ・エアウェイズ) の方が新しくてキレイかもしれません。

ただ難点に思ったのは、入国審査をリスボンでするという点です。通常は最初に乗り継ぐヨーロッパの空港で入国をしますが、イギリスはシェンゲン協定国でないので、ロンドンは乗り継ぎのみ。

リスボンに着いてからの入国審査は、たまたま私が行ったときだけかもしれませんが、すごい大行列で。だというのに、夜で入国審査官がたった1人しかいなかったのです。1時間以上もかかりました。

イベリア航空で一筆書き

ルート的にはとてもよいです。マドリードで出入国、北のサンティアゴ・デ・コンポステーラ (スペイン) からスタートし、順に南下してきて、最後にリスボンという一筆書きですから。

ですが飛行機の機体と、何かあった時の対応はよくないです。機内は、一度エコノミークラスのトイレが4つ中3つ故障していたり、2回目の軽食は少なすぎ。

また飛行機が飛ばなかった時は、リスボンには対応カウンターがなく、かといって連絡先電話は全くつながらずと大変でした。

スペイン+リスボンのみ

スペインの観光がメインで、そのついでにリスボンだけ寄ってこようというもの。まあリスボンだけでも行かないよりはよいですが、できればポルトガルだけのコースで行ってほしいという思いもあります。

ですが、回り方ルート的には効率的にみえます。スペイン周遊というのは、マドリードかバルセロナが始点・終点となって、南のアンダルシアをぐるっと大回りしてくるので、その再北上部分が無駄になるので。

例えば、マドリードからスタートなら、アンダルシアへ南下したあと、再度バレンシア経由でバルセロナに北上というのは、けっこう遠いのです (バレンシアで観光をするなら意味がありますが)。

ところが、バルセロナからスタートして→ マドリード→ トレド&コンスエグラ風車→ アンダルシアの街を巡って、セビージャから→ リスボン、リスボンOUTとすれば一筆書きの行程にできます。

実は私も、個人旅はこのリスボンのみルートでしかやったことがありません。ツアーなら、10日間くらいの日程にはちょうどよいと思います。

スペイン&ポルトガル大周遊

スペインからスタートして、南は上記のセビージャからリスボンというルートです。コルクの木が広がるアレンテージョ地方を抜け、途中エヴォラにも立ち寄ります。

そして北は、ポルトからサンティアゴ・デ・コンポステーラへ抜け、その後は東のレオン→ 南下してサラマンカ、アビラ、セゴビアと進んで、マドリードという、13日間くらいのロングコースです。

よくコースに入っている街

  • サンティアゴ・デ・コンポステーラ
    (スペイン)
  • ポルト
  • コインブラ
  • トマール
  • ナザレ
  • オビドス

リスボンは別ページでご紹介しています↓↓↓

サンティアゴ・デ・コンポステーラ

キリスト教の三大聖地の1つ、サンティアゴ巡礼路のゴール地点で、聖ヤコブ (スペイン語でサンティアゴ) の遺骸が納められている大聖堂を訪れます。

最近この街が入ったコースが流行りのようです。なぜポルトガルのツアーにスペインの街かというと、北西最果ての地という行きにくい場所なので、ポルトまで行ったついでにという考えだと思います。

ただポルトから北へ230kmあるので (片道3時間)、ポルトから往復で1日がかりの日程となります (一筆書きコースだと片道で効率的)。ですが、わざわざ行く価値はあります。

ポルト

国名の由来になった、リスボンに次ぐ第2の街。商業が盛んで、18世紀にポートワインの輸出で繁栄を極めました。ドウロ川を内陸に進むと丘陵のブドウ畑があります。

またドンルイス1世橋北の世界遺産エリアは、家のファサードにタイルを貼っているのが特徴です。

よくツアーで回るコースは

  • ポートワイン醸造所見学(サンデマン他)

  • ドンルイス1世橋 (エッフェル弟子の設計。上側のメトロ線路沿いも歩く)

  • サンベント駅(構内アズレージョが見事)

  • サン・フランシスコ教会 (入場すると⇒ ジェッセの家系樹、バロックの金泥装飾)

自由行動があればできそうなこと、例えば最近の流行りは⇒

レロ書店

レロ書店内の「天国への階段」1906年創業のこの書店は、あのハリーポッター映画に影響を与えたと言われます。

というのは作者であるJ.K.ローリングが、ポルトガル人と結婚してポルトに住み、この書店によく通ったからだと、ガイドさんは言っていました。

店内の見所は、中央にあるユニークな形状の赤い階段で、「天国への階段」と呼ばれています。

それにしてもこの美しい本屋さん、なんと入場料を取るのです、5ユーロも!

ただし本を買えばその分を引いてくれます。チケットはこの店より先にある、左角の建物内で購入。入口は行列、店内も混雑です。

コインブラ

丘の上にあるコインブラ大学を中心とした街。ツアー観光もこの大学からスタート。

バスを降りると、黒いマントを着た学生さんが物売りに来ることもありますが、この大学の学生さんたちです。グッズがあれこれ色別なのは、学部による色分けです。

観光は、外観のみの場合は、鉄の門からキャンパス広場に入って、塔やラテンの回廊を見る、売店・トイレの利用、モンデゴ川の対岸も眺めて (サンタクララ修道院)。

入場ありコースでは、ジョアン5世図書館や(予約制なので、基本その場ではムリ)、

帽子の間 (歴代学長の肖像画が飾られていて厳かな雰囲気の大ホール、面談形式の最終卒業試験が行われる) など。

このあとは坂を下りながら旧大聖堂を通り、アルメディナ門を抜け (イスラム支配の面影が残る)、歩行者天国の通りで少々フリータイム。

この辺りでお土産のコンペイトウが買えます。安くて小袋なのでおすすめです。またコルク製品や陶器の買い物も〇。

大学の歴史

この大学のメインキャンパスには、なぜか付属礼拝堂があるのです。そしてこのあと丘を下っていくときに見える大学建物の背後は、どうみてもお城の壁のよう。

実はコインブラは、1255年まではポルトガル王国の首都であり、大学の建物は王宮だったそうなのです。

ディニス王が1290年にこの大学を創設したのはリスボンであり、最初にコインブラに移されたのは1308年だから、その王宮をそのまま転用したのだそうです。

その後はリスボンとの間で行ったり来たりで、1537年、ジョアン3世のときコインブラに落ち着くという歴史。

愛の泉 (涙の館)

アルコバサ修道院に向かい合って眠るイネスとペドロ。そのペドロと妻の侍女イネスとの悲しき恋物語の舞台になった場所が、コインブラの貴族の館ホテル「キンタ・ダス・ラグリマス」の裏庭にあります。

その裏庭の奥にある泉は、政治的配慮から殺害されてしまったイネスの、尽きることのない涙が湧き出ているものだといわれています。

トマール

トマール修道院・集会場大窓ツアーの観光は、丘の上に建つトマール修道院の入場です。修道院は12世紀、テンプル騎士団によって建てられました。

テンプル騎士団は、聖地エルサレムに巡礼するキリスト教徒の保護を目的に設立されましたが、レコンキスタでも活躍したことから、初代ポルトガル国王アフォンソ1世によりこの土地を与えられ、建築を開始。

エルサレムの聖墳墓復活聖堂に倣った円堂内では、騎士団員が騎馬のまま周歩廊で祈りを捧げ、そのまま戦場に出向いたといわれます。

トマール修道院・円堂内その後、テンプル騎士団はフランス王により解散させられてしまい、キリスト教騎士団へと受け継がれ、新たな聖堂をつなげていきますが、

なかでもポルトガル独特の「マヌエル様式」の傑作といわれるのが、マヌエル1世による集会所の大窓です。

大航海時代を反映する珊瑚やロープ、アジアの南国植物、そして騎士団紋章の十字架、地球儀、聖母マリアの冠が特徴で、左側に天の世界、右側に地の世界、そしてその真ん中にポルトガルを表現しています。

他にも、このマヌエル1世を嫌った、息子のジョアン3世によるイタリア・ルネサンス様式の回廊や、エンリケ航海王子が増築した回廊など、

この修道院1つで、ポルトガル建築様式のすべてが集約された博物館的様相を呈していて、非常に見応えがあります (1983年世界遺産)。

またこの近くにあるアルコバサ、バターリャの修道院も是非行ってみたい場所です。

ナザレ

シティオの展望台大西洋に面したリゾートの街。よくテレビでは、路地裏でイワシを焼いている風景が映され、かつてはひなびた漁港といわれてましたが、現在はそんな感じはしません。

地区は3つに分かれ、通常ツアーでは、崖の上にあるシティオから海を見下ろすパノラマの景色を見て、下にあるプライアの街に宿泊というパターンでしょうか。

この写真はシティオの展望台から撮影したもので、夕暮れ時に行くのがベストです。

展望台は景色を見下ろす以外にも、小さなメモリア礼拝堂や、伝統衣装のおばちゃんが売るナッツ類の露店、背後に行くとノッサ・セニョーラ・ダ・ナザレ教会があります (奥には有料エリア、アズレージョ・金泥細工が見事)。

この景色を見ながら、アマリア・ロドリゲスのファドの名曲『暗いはしけ』を聴きたいです。夕食はたいてい、イワシのグリルでしょう!

オビドス

1228年、ディニス王との結婚に際し、オビドスの村を訪れたアラゴンのイザベル王妃が、村の美しさにすっかり魅了されてしまったことから、王が結婚の贈り物としてこの村を王妃に贈ります。

以来、オビドスは「結婚の贈り物の街」として知られ、1883年までポルトガル歴代王妃の直轄となりました。

ツアーでの観光は⇒ガイドもいないし、基本は自由行動。駐車場から少し進んだ門を入り、Y字路左の道を奥まで歩いていって解散。小さな城壁内の村です。

  • スリに注意・・・こんな小さな穏やかな街なのに、常習犯がいるようです (女性の2人組にやられたという例あり)

  • パノラマ写真スポット・・・門を抜けたすぐ左背後の階段を上る (城壁は歩けますが、柵もないので自己責任で)

  • サクランボのお酒「ジンジャ」・・・小さなチョコ製カップに入ったものが1ユーロ

  • お買い物は・・・この村は少し高めかもしれませんが、私的にはリスボンより面白そうです (個々でやっていて)。

    リスボンの旧市街では、どの店も同じ商品が多い感じなので (工場で大量生産、アジア系店員のいかにもって店)。

こんな街もあります

  • ヴィアナ・ド・カステロ
  • ギマランイス
  • アベイロ
  • モンサント
  • アルコバサ
  • バターリャ
  • ファティマ
  • カルダス・ダ・ライ―ニャ
  • エヴォラ

いくつか詳しくご紹介すると⇒

ヴィアナ・ド・カステロ

ミゼリコルディア教会・内部ポルトの北約70km、スペインのガリシア地方との間に広がるミーニョ地方 (ポルトガル発祥の地) の中心に位置。

リマ川が大西洋に流れこむ河口に開けた、別名「リマの女王」と呼ばれる美しい街で、主要産業は造船業、またヴィーニョ・ヴェルデ (緑ワイン)の産地です。

一筆書きコースで、スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラから南下してくるときに、立ち寄ることがあります。ミーニョ川が国境で、その次がリマ川。

川沿いでバスを下車し、北東へ5分程歩くとレプブリカ広場に着き、正面には旧市庁舎、その左手にミゼリコルディア教会があります。

また、バスでサンタ・ルジア山 (標高249m) に上ると、頂上には教会が建ち、教会前広場からは街やリマ川、大西洋が一望できます。川にはエッフェル橋 (1878年) が架かっています。

ミゼリコルディア教会

なかはアズレージョ&金泥の彫刻が素晴らしく (上の写真)、この豪華さで入場1ユーロは良心的 (ポルトのサンフランシスコ教会は、6ユーロも取るくせに撮影は禁止)。

ギマランイス

「ポルトガル発祥の地」の壁 サンティアゴ広場の家々 ポルトの北東約60km、初代ポルトガル王アフォンソ・エンリケス (アフォンソ1世) 生誕の地で、旧市街にある壁には「ポルトガルここに誕生す」と書かれています

ツアーでの観光は⇒ ギマランイス城でバスを降り、アフォンソ1世が洗礼を受けたサンミゲル教会、現在は政府公館のブラガンサ侯爵館を通り→

下っていって、サンティアゴ広場 (独特の家々)&オリベイラ広場へ。

少々フリータイム (大通りに出て、西へ5分歩けば「発祥の地」プレートがある壁へ)。

まとめ

いかがでしたでしょうか。ポルトガルっていまいちどんな見所があるかわからないという方も多いと思うので、この記事を読んで、ポルトガルだけのコースで行ってみたいと思っていただけたら幸いです。

地味な感じではありますが、食事は魚が美味しく、素朴でのんびりしていて私は好きなので、是非おすすめしたくて。一度は行ってみたい国だと思います。

それではどうぞ、よい旅を!お気をつけていってらっしゃいませ!

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